亜硫酸ガスでムシを〆る

皆さんは昆虫を標本にするとき、どのような薬品を使いますか?
まーだいたい酢酸エチルがもっとも有名で、そのほかにもマイノリティとしてはエタノールなども使われているといったところでしょうか。
蝶・蛾屋さんは注射をする場合にアンモニアをよく使い、またかつて某旧帝大では青酸カリが、またドイツの学者さんにはチクロンBが使われていたといいますから、要は毒物なら何を使っても虫を〆ることができるというわけですな。
ただ、青酸カリは言わずもがな、さらにチクロンBもかつてユダヤ人強制収容施設での殺人ガスとして使用されていたほどの毒物ですし、だいたい変な薬品を使うと虫体がもろくなったりして面倒ですので、通常はいちいち何も考えずに酢酸エチルなんかを使いますね。

しかし、ここ最近では目に見えて亜硫酸ガスがよく使われるようになってきました。
亜硫酸ガスといえば、かの四日市喘息の原因となった恐ろしい気体ですが、実はコレをカラフルな色がついている虫に使うと、一般的に他の薬で〆たときに比べて油脂が出ず、格段に色が残るんです。
ただし一部の虫はかえって変色がひどくなったりという諸刃の剣なのですが、少なくとも使い分ければ強力な武器となることは間違いありません。

そこで、簡単に使用方法などを書きとめておきたいと思います。

(注意!)
身近になると危険性への認識がついつい甘くなりがちですが、前述の通り亜硫酸ガスは四大公害病の原因になったほどの毒ガスであり、また火山由来の亜硫酸ガスでは死者も出ています。
くれぐれも取り扱いには注意を払うとともに、使用はすべて自己責任でお願いします。
また、何か不都合な事態が起こった場合も、著者であるながみねは一切の責任を負わないということをここに明記しておきます。
特に未成年の方は保護者の了解を得てから使うようにしてください。


用意するもの

ピロ亜硫酸ナトリウム Na2S2O5
今回使う薬品の中では最も手に入りにくいです。
亜硫酸ガス法を始めようと思ったときに神戸の心臓・三宮近辺の薬局をしらみつぶしに駆けずり回りましたが結局店頭で買うことができず、通販で購入しました。
価格は500g2500円前後というところです。

クエン酸 C6H8O7
こちらは用途も多く、いろんな場所で安価にて販売されています。
これは持って帰るのが重いという理由で通販にしました。最安価格は2kgで1300円。
中途半端な密閉状態で置いておくとすぐに水和物になってしまい、ガッチガチに固まるのでちゃんとしたパッキン付のタッパーなんかで保存することをお勧めします。

毒ビン・チャック付小袋・マドラー
毒ビンはゴムキャップやシリコンキャップのものはガスにより一発で腐食するので使用しないようにしましょう。画像は円柱タッパーですが、これの蓋に小さい注ぎ口がついているような形状のものが理想的です。500円程度。100均にもありそうです。
チャック付小袋は、ガスを発生させる容器および小昆虫の分離に使います。40枚200円くらい。100均のものは弱いのでお勧めしない。
スプーン型マドラーは粉末を量り取るのに使います。プラスプーンなどでもかまいませんが、少ない量でも取りやすいのでこれを好んで使っています。100本130円。元はコーヒーかき混ぜるヤツなんでホームセンターのそこらへん関係のとこにあります。

理論
この項は「なんで亜硫酸ガスが出んねん?」ということについて触れています。
したがって、化学的なことをうだうだ書いているだけなので、このことを直接知らなくても十分使うことができます。
「今すぐ使いたい!」という人は読み飛ばしていただいてもかまいません。


亜硫酸ガスの発生ですが、昆虫の〆薬として使う場合にはピロ亜硫酸ナトリウム(別名二亜硫酸ナトリウム、商品名ソービス)Na2S2O5、クエン酸C6H8O7、それに水との混合で発生させるのが一般的なようです。

ここでどういう反応が起こるかというと、
まずクエン酸HOOC-C-C(COOH)OH-C-COOH(こちらは原子のつながりをわかりやすく書いた式です)は常に3つある「COOH(カルボキシル基)」の水素の一部が電離しやすい状態で存在しています。
同様に、ピロ亜硫酸ナトリウム Na2S2O5もNa+とS2O52-という状態で電離しています。
これらのうち、クエン酸イオン-OOC-C-C(COO-)OH-C-COO-とナトリウムイオンNa+が反応し、弱塩基の塩である
クエン酸ナトリウムNa3(C6H5O7)・2H2Oが遊離し、その副製生物として亜硫酸ガスと水が発生するというわけです。

よって、化学式は、

3Na2S2O5+2C6H8O7・H2O → 2Na3(C6H5O7)・2H2O+6SO2↑+H2O

となります。

以上より、
ピロ亜硫酸ナトリウム:クエン酸=3:2
の割合で混合するのがもっとも無駄がないといえます。
ただし、これは質量比(g)ではなくモル比(mol)なので、実際に混合する際は質量比に換算しないといけません。

そこで、換算してみます。

各原子の原子量がNa=23、S=32、O=16、C=12、H=1ですので、

ピロ亜硫酸ナトリウムの分子量は23×2+32×2+16×5=190
クエン酸の分子量は12×6+1×8+16×7=192

つまり、

ピロ:クエン=190×3:192×2=95:64

の重量比で混ぜ合わせればいいわけです。
だいたい3:2ですな。
しかし、ピロ95gとクエン64gでダイレクトに混ぜてしまうと、1mol、つまり22.4リットルも亜硫酸ガスが発生してしまいますので、これだと余るどころかすごく危険です。

通常は容器にもよりますが500ml程度発生すれば十分ですので、これの40分の1程度の量で十分です。とすれば、ピロ亜硫酸ナトリウム約2.4gに対し、クエン酸1.6g程度。
容器のフタの開閉で逃げる分(この場合は約250ml)と結晶水による誤差を見越してもピロ4.5g、クエン酸3gで一回の使用量としては十分です。

なんだか小難しくなってしまいましたが、最終的には
「500mlの容器でピロ亜硫酸ナトリウム4.5gとクエン酸3gと少々の水で理論上よさげな亜硫酸ガスが発生する」
ということが言いたかっただけです。あとはお使いの容器のサイズによって計算してみてください。

なんだか中途半端な説明になってしまいましたが、理論上はこうなっているはずです。
発生させよう!
それでは、実際に発生させてみましょう。

使い方自体はとても簡単です。
とりあえず粉をまず混ぜあわせます。
反応容器は何だっていいですが、一番簡単なのはチャック式のビニール袋でしょう。
容器から取り出した2種の粉末を袋に入れます。そして軽く振ったりもんだりします。
上記のとおりの重量比で混ぜ合わせるのが理想的ですが、面倒であれば安価なクエン酸多目くらいで目分量で入れてやってもかまいません。
そして、水を入れ・・・・るわけですが、この粉末2種類はともにイオン結晶ですので、水なしでも一緒にしておくだけで緩やかながら反応します。
そこで、水の有無で発生スピードが大まかに調節できるという性質を逆に生かし、採集時は水を入れずに使うのをお勧めします。
家で処理する場合は水を2,3滴加えたほうが時間の短縮になります。
逆に、「採集時に備えてあらかじめ混ぜ合わせておこう♪」というのは絶対にやめてください。
こっちが〆られてしまいます。


まぜあわせたらすぐに毒ビンの中に袋を入れます。
このとき、袋の口は半開きにしておくとよいでしょう。
全開にしておいてもいいですが、虫を投入したときに袋の中にジャストミートしてしまう可能性があります(以前、私もテントウムシでやらかしました)。
手元にティッシュなぞあれば、ジャストミート防止と足場をかねて適当に切り裂いてビンの中に入れておきましょう。

これで下ごしらえは完成です。
後は虫を採って入れるだけです。
なお、微小昆虫は小さい穴をたくさん開けたチャック袋に入れてから毒ビンに放り込むとたやすく取り出せます。

こまめに虫の状態をチェックできたほうがいいので、採集時にそのつど毒ビンに放り込むより、生かして持って帰ってまとめて処理したほうがあとあときれいな標本になりやすいです。
なお、虫を入れておく時間ですが、大型の虫でも2時間程度で十分です。
あまり長く入れすぎると変色を招きます。
死んだらすぐ取り出す感じで行きましょう。
取り出すとき、毒ビンの蓋を開けたらすぐさま亜硫酸ガスが襲ってきますので、袋を抜いて毒ビンの蓋を開けっ放しにし、屋外の風通しがいい場所で15分ほど放置してガスを抜いてから作業しましょう。
酢酸エチルやなんかと違い、亜硫酸ガスは冗談抜きでキツイ臭いがします。
モロに吸ったら鼻が麻痺したりしますので、くれぐれもご注意を。


よって、上記の手順をまとめると以下のようになります。

@チャック式ビニール袋に適量づつのピロ亜硫酸ナトリウムとクエン酸(と水数滴)を入れる。
A毒ビンに足場用ティッシュと先ほどの袋を入れる。
B虫を入れる。
C時間がたったらガスを抜き、虫を取り出す。
さいごに
この方法はハンミョウ、ゴミムシ、キノコムシ、ゲンゴロウなど、体が硬くて鮮やかな色がついているものに適しています。
これらを亜硫酸ガスで〆るとびっくりするくらいきれいな色が残ります。
しかし、逆に〆れない虫もいますので注意しましょう。
まず、ハンノアオカミキリやラミーカミキリ、ルリボシカミキリなどの「表面が青くていい感じのカミキリ」は亜硫酸ガスに入れると悲しいくらいに変色してしまいます。これらのカミキリは酢酸エチルで液に触れないように〆たらうまくいくようです。
アリモドキやヒラズゲンセイなど体が変にやわらかい甲虫もダメです。
特にヒラズゲンセイはあの美しい赤が見るも無残なクリーム色になってしまいました。
甲虫以外の昆虫もたいてい失敗します。
また、取り出した虫はほっとくとすぐに硬化し展足できなくなってしまうので、黒くて硬いオオクワや金属光沢のあるヤマトタマムシなど酢酸エチルでも結果に大差ない虫はそちらを使用したほうが処理が楽です。

以上のように、本格的にいろいろな甲虫の標本を作っていこうと考えている人には亜硫酸ガスは十分検討の余地がある方法といえるでしょう。
使いどころは難しいですが、是非こういう方法もあるよってことで選択肢に入れてみてください。



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